肖像権 ― 2005年09月28日
一般人の肖像がインターネット上に無断掲載されたことが地裁で権利侵害と判定されたようだ。街で勝手に撮られたそうだが、カメラ付き携帯電話等が普及した今、似たような事態はいくらでも起こり得る。カメラ付き携帯が初めて発売された当時は、勝手に他人を撮ることを奨励するようなCMが流れていた。あの当時でも勝手な撮影は無礼とみなされていたと思うが、わりと長く放送されていたのをみると、あまりクレームはなかったのだろうか。
インターネットやデジタル機器の発展は喜ばしいが、普及させて経済効果をあげようとするあまりに、大勢の利便性ばかりクローズアップされて、一介の人間の権利はまるでないもののように扱われすぎる。肖像権然り、著作権然り。パソコンやインターネットに関する機器やソフト、サービスなどの宣伝で、ユーザーに対して、ネットに無尽蔵にある画像や雑誌のグラビア写真を使えばいくらでも好きなデザインでこんなことができます、といった説明を見かけるが、欺瞞を感じる。実際には、無条件にどうにでも好きに使える画像など、滅多にないと言っていい。個人使用ならたいがいOKだろうから、嘘ではないというつもりなのだろうが、厳密にいえば個人使用なら確実にOKというわけではないし、加工や公開が前提なら必ず許諾が要ることを明らかにしないのは、公正な態度に思えない。
自分の肖像や著作物を公開するのが一般人には難しかった時代の感覚で、そういったものを公開できる少数の者などものの数に入れていないのだろうが、肖像は誰にでもあるし、携帯のシャッターをきれば誰でも著作者になれる。そして今は簡単に全世界公開できる。つまりは誰もが権利者たりうるのだから、ユーザーの全員が権利者といえる。つまり前記のような態度は顧客を軽んじているともいえる。第一、仮にインターネットができる以前のように権利行使できる人が少数であったとしても、ユーザーにリスクの大きい権利侵害をうながしてしまう宣伝は、真の意味でのユーザーの利益にかなうとは思えない。大勢の利便性追求が末端個人の権利を守ることより効用が高い(儲かる)から是という感覚はそろそろ廃れてほしい。
インターネットやデジタル機器の発展は喜ばしいが、普及させて経済効果をあげようとするあまりに、大勢の利便性ばかりクローズアップされて、一介の人間の権利はまるでないもののように扱われすぎる。肖像権然り、著作権然り。パソコンやインターネットに関する機器やソフト、サービスなどの宣伝で、ユーザーに対して、ネットに無尽蔵にある画像や雑誌のグラビア写真を使えばいくらでも好きなデザインでこんなことができます、といった説明を見かけるが、欺瞞を感じる。実際には、無条件にどうにでも好きに使える画像など、滅多にないと言っていい。個人使用ならたいがいOKだろうから、嘘ではないというつもりなのだろうが、厳密にいえば個人使用なら確実にOKというわけではないし、加工や公開が前提なら必ず許諾が要ることを明らかにしないのは、公正な態度に思えない。
自分の肖像や著作物を公開するのが一般人には難しかった時代の感覚で、そういったものを公開できる少数の者などものの数に入れていないのだろうが、肖像は誰にでもあるし、携帯のシャッターをきれば誰でも著作者になれる。そして今は簡単に全世界公開できる。つまりは誰もが権利者たりうるのだから、ユーザーの全員が権利者といえる。つまり前記のような態度は顧客を軽んじているともいえる。第一、仮にインターネットができる以前のように権利行使できる人が少数であったとしても、ユーザーにリスクの大きい権利侵害をうながしてしまう宣伝は、真の意味でのユーザーの利益にかなうとは思えない。大勢の利便性追求が末端個人の権利を守ることより効用が高い(儲かる)から是という感覚はそろそろ廃れてほしい。